消えた歌詞……
- saitama-choir
- 2015年4月21日
- 読了時間: 2分
今日もCredoを中心に。
前回の音取り練習では、途中間違えながらも通せたはずなのに、今日はまた、自分でもビックリするくらい次のフレーズの音が思い出せない……。2週間ほど他の団体の曲に浮気してたのが敗因です。来週までには何とか……!
それにしても。
今までこんなにたくさんの(多種の)フレーズ(?)で構成されたフーガを僕は歌ったことがありません。モーツァルトのレクイエムもフレーズの種類が多いそうですが、比較にならない。少なくともモーツァルトのレクイエムは、フェルマータがついてフーガがひと区切りした後に、別のフレーズが始まったりしませんからね。
シューベルト自身はフーガにおける対位法が苦手だったという指摘もネットにはありますが、個人的には「自分がこの先長くないことに気づいていたんだろうな」と思っています。実際、シューベルトはこのミサ曲6番を完成させた何ヶ月かの後に亡くなっています。
「もう僕はこれ以上ミサ曲は書けない。だから、今、頭にあるフレーズは全部使おう……!」
そんなシューベルトの執念みたいなものがこのフーガには込められている気がするわけです。
……、頑張って全部歌えるようにしよう。
さて、本題です。
今日の練習で先生が「294小節目のところで歌詞が抜けてるから調べてみて」、と仰っていたので、確認してみました。
確かに以下の歌詞が抜けています。
Et unam sanctam catholicam et apostolicam ecclesiam. 我は一・聖・公・使徒継承の教会を信じ、
この部分は、シューベルトの書いたほかのミサ曲の中でも抜けているそうです。Credo(信仰告白)というミサ曲の中で一番大事な意味を持つ曲の、それこそ「教会を信じ」という、教会にとって最も大切な歌詞をシューベルトが意図的に省略している、というのは大変興味深いことです。
一説に「シューベルトが使っていたミサの典礼文がいい加減で、歌詞が書き忘れられていた」なんていう話もあるようですが、6つ目を作曲し始めるまでに、1回くらいは教会から「歌詞が抜けてるからミサでは使えない」と指摘されただろうし、シューベルト自身が教会のミサに参加して、自分以外の人が作ったミサ曲を聴いたことくらいはあるでしょう。当然「僕の知らない歌詞が入ってる?」と気づいたはず。
その上で6番にいたるまでこの「肝心な部分」を省略し続けたのは、ウッカリでも偶然でもなく、何かこの部分に思うところがあってのことなのでしょう。
シューベルトと教会の間に、いったい何があったんでしょうね。
これもまた、調べてみる必要がありそうです。
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